偏差値撲滅

 

先日、日本の教育のなかでも特に大学入試のあり方に対する僕の考えを脳科学者の茂木健一郎さんに伝えさせていただきました。

1年ちょっとの短い期間ではあったけど塾の講師として教える側にたって気がついたこと、改めて再認識できたことや現在に至るまでの自分の経緯などを話しました。

 

 

 

ざっくり言うと僕も偏差値入試をなくしたいと思っているという内容です。

 

このような気持ちを抱くきっかけになったのは現役での受験失敗がが最大の理由。

 

僕が今抱いている考えを書きます。

 

 

僕が受験に失敗した時に抱いた感情は絶望感です。これが1番大きかった。正直言うと合格できると思っていたので合格発表で自分の受験番号を見つけることができなかった時、事態を理解するのに少し時間がかかりました。

 

少し時間が経つともう一つの感情に気づきました。

 

ある種の寂しさのようなものです。

 

 

正確に言い現すことはできませんが大げさに言うと、自分の居場所を奪われてしまったような感覚です。

 

 

浪人期間に1番考えたことは ”今いったい自分は何のために勉強しているのか” ということ。

 

予備校時代の講師がこんなことを言っていました。

『受験前の方が目が輝いている生徒が多い。大学生になると生気を失ってしまう』

 

1年の間1日約15時間勉強しても大学に進学してしまえばそのほとんどが消えてしまう。残るのは苦しい受験勉強を頑張ったという思い出だけ。

 

 

 

中学、高校の授業はまるで生徒はロボットのようで、先生が一方的に情報を与える。生徒たちはなぜ自分が勉強しているのか、学んでいることが将来なんの役に立つのか分かっていない。少なくとも当時の僕は分かっていませんでした。幸い僕は勉強そのものに苦痛を感じることがなかったのであまり苦労しませんでしたが、多くの友達は勉強に対していいイメージは持っていなかったと思います。

 

生徒はまるで洗脳されているような状況です。

 

 

本当の意味で教える実力のない偉そうな先生のせいで “勉強=しんどくて嫌なもの” という意識を多くの生徒に植え付けてしまっていることは明白だと思う。

教師を敵に回すようなことを敢えて言いますが、知識を教えることなら誰でもできる。教科書読むなんてバカでもできます。

 

知識の先に何が待っているのか、学ぶことによってどんなことができるようになるのか、なぜ学ぶのか、これらに気づくきっかけを与えることのできる教育者は本当に少なかった。

 

 

大学受験に限定して話をします。

今回は学歴と就職との関係については言及せず学問だけに焦点を当てます。

 

 

受験生みんなが同じ試験を受けてその点数で合否を判定する現在の日本の入試は一つの公平の形かもしれない。

けど、AO入試こそこれからの日本に求められている入試のあり方だと思っています。全ての入試がそうなってもいいと思っている。

高校生の頃は AO=簡単 と思っていましたが間違いでした。この入試こそ本物の学力が求められる難しい入試です。

先進国の中で偏差値入試を行なっているのは日本くらい。

アメリカの4年制大学のほとんどはペーパーの筆記試験がありません。勉強はできて当たり前だからです。それを前提にしたうえで個人の考えやロジックをエッセイや面接でみて合否を判定します。

ペーパーでは測れない学力が存在すると思う。それをはかることができるのがAO入試。

 

大学に入学したての日本人学生のレベルは恐らくハーバード大学をはじめとする世界トップクラスの大学生に劣っていないでしょう。しかし、大学4年間でアメリカと日本の大学生の間には埋めることが極めて難しい差が生まれてしまうと言われています、

 

この”差”というのは学力だけではありません。タイムマネジメント能力、コミュニケーション能力をはじめとする社会に出てから必ず必要になる力における差です。

 

 

 

 

認知科学を学ぶにしてもそのプロセスを考えると、様々な人種が集まるアメリカが少なくとも日本よりは自分に適していると思う。周りと同じだということに安心感を抱き、心のどこかでは他人と違っていたいと思っているくせにいつも口だけで何も行動に移せない人間が大多数の日本で学んでも得ることができるのは知識だけだと思います。

馴れ合いから学ぶことは何もない

 

生徒の数だけ意見がある場所では自分の予想以上のことを学ぶことができる。なんでそんな考え方をするのか、なぜ自分と反対の意見を持っているのか、彼らから学ぶことは本当に多い。僕も自分の考えを相手に伝えるにはどうしたらいいのかじっくり考えて言葉を選ぶ。すごく疲れるけど自分の考えを客観視することもできる。実際僕は毎日の授業でそれを実感しています。

 

偏差値教育は多くの人の個性や考える力を奪ってしまうと思う。それは日本の大学に通っている人ならわかるはずです。自分の意見を言う機会が極端に少ない。

 

偏差値教育の影響を受けないのはいわゆる天才や変人と言われる少数の人間だけなのではないでしょうか。

 

この偏差値教育が結局就職にも響いてしまうのではないか、というのが僕の考えです。

詳しくは後日書きます。

 

とにかく僕は偏差値教育をなんとかしたいと思っているので大学を卒業した後は何らかの形で教育の形を変えることができたらな〜と思っています。

 

 

以上、長くなりましたが偏差値教育についてでした。

 

おわり!

 

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